社会の窓

来学期の授業ですが、それぞれのクラスにティーチング・アシスタントがひとりずつつくことになりました。 やった! 仕事量がへるかな?


アメリカの大学院では、ティーチングまたはリサーチ・アシスタントといって、大学院生が教授のお手伝いを通して経験をつめるシステムがあります(そして、安いけど、お給料ももらえます)。 このアシスタントのお給料には、実際に手元に支給される月給と、大学院が肩代わりしてくれる授業料が含まれます(その他に健康保険とか)。 授業料も考えて計算すると、けっこうすごい金額になるのです(手元の給料は安いけど ← しつこい)。 逆にいうと、アシスタントのお仕事は大学院側の生徒への投資なので、大学院を選択する場合は Follow the Money(金についていけ)というスローガン(?)があるほどです。 


私のいる大学院では、全員ではないけれど大学院生もアシスタントとしてではなく先生として教壇に立ちます。 ここでは、「うちにいる院生は、それだけで素質・度量もある(はずだ)から、任せて大丈夫(なはず)」という姿勢で院生を扱ってくれるからなのですが、これはアメリカ中の大学院の中でも例外。 うちの学校、ものすごく自由裁量です。まかせられる授業も、「このトピックの範囲内だったら、なにやってもいいよ」てな感じなので、院生たちは自分の専門分野を生かした経験ができるのです。たとえるなら、大学院生の放牧飼育、てなかんじでしょうか(笑)


院生も先生と同じように教壇に立つので、院生の中で「先生」になるひとと、「アシスタント」になる人と別れます。 大学院生を区分けするようで、一見するとあまりいいシステムでは内容に見えるのですが、アシスタントをする人も先生として自分の授業をまかされているので、変な角質が生まれることはないようです。すくなくとも、私が在籍している5年間では、そんなこと感じなかったです。 


んで、前置きがめっちゃ長くなったのですが、来学期は私の授業にもアシスタントがつきます。いくら先生・アシスタントとはいえ、お互い院生なので、その辺の関係はうまく考えないといけないなぁと思うのです(先生だからって、エバッたりしないようにさ)。 なので、今日はアシスタントになってくれる院生のメグちゃんとお茶してくる予定です。 あまり深い知り合いではないので、お知り合いになるのが楽しみです。


それでは、行ってきまふ!