社会の窓

去年すんでいた、茶色いレンガのおうち。
立地場所がビミョーなこともあって(主にクリスタル・メスが路上で売買されてた地域のようで・汗)、いろんな人がドアをノックしてきました。


その中で大かったのが、『庭の芝生刈らせてくれる?』ってやつ。
そうやって収入を得る、近くに住む低所得者の人がたくさんドアをノックしてました。


そうやってうちの芝をかってくれるようになったのが、ダリル氏。
中年のとっても気のよさそうな人で、一度芝を刈った後に料金といっしょに焼いたばっかりのパンを渡したら大感激してくれたみたいで、次の日におやつを持ってきてくれました。
ガソリンスタンドで買ってきた菓子パンのようなんだけれど、彼なりの心のこめ方だというのが伝わってきて、すごく嬉しかったのを覚えています。


今の白い家に引っ越す前に、新しい家にも芝刈りにきてねって言いたかったのだけれど、引っ越す前数ヶ月はドアをノックしに来なかったので、それ以来に。



今学期、Biribiのクラスはホームレスの人たちの話を聞く・伝える、というテーマでクラスをしているのだけれど、ホームレスセンターへ打ち合わせに出かけたとき、なんとダリル氏がいるではないですか!!




・・・・・そうか、家なくしちゃったのか。




せっかくの縁なので、支援したい気持ちはあるのだけれど、どうすればいいんだろ?
個人が個人を助けるってのは、どんな形がとれるんかな?




たとえば、お金や物を渡すことはできるけれど、限りがあるし、それは支援団体がやっていることと変わりなくって、どうもピンとこないなぁ。
私にできることってのは、なんなんだろ? 私にしかできないことって、なんだろ?




そんなこんな考えているうちに、




『助けてあげるって』スタンスが間違ってるんじゃ? と思うように。




そこから、じゃぁ、ダリル氏とどういう関係が私はもちたいのか、持てることができるのか?と問いを立て直してみました。



その答えを出すには、ダリル氏を、ホームレスの一人としてではなく、ダリル氏として知り合えることから出発するのが一番いいのかな。
そう思って、センターのスタッフにお願いして、こんど彼がセンターに来たら連絡くださいと伝えておきました。



連絡がきたら、一緒にお茶でもしたいと思ってます。



ホームレスであることの辛さのひとつは、透明人間にでもなってしまったかのように、誰からも自分の存在を認めて貰えないということ、社会的に必要とされないこと。



センターから連絡がくるの、待ってます。