社会の窓

ちょっとした用事で学校へ行くと、秋学期の講義の評価が出てました。 アメリカでは学期末に、生徒が先生を評価するTeaching Evaluation(ティーチング・エバリュエーション)というのがあります。 学校によって形式はまちまちですが、うちの学校では1〜7段階(1=最低 7=最高値)のマークシート方式と、筆記によるコメントがあります。


今学期は博論に専念してたので(その割にはちぃーっとも書き進まなかったが・・・)、正直言って講義はわたしの中の優先順位では高くなかったので、学期の講義の流れや宿題の構成なんかは、改善の余地ありと思ってたのですが、生徒たちは想像以上にクラスを楽しんでくれたようです。ひとつのクラスからの評価はは6.0、別のクラスは6.2でした。


私の講義の評価はだいたい6.2から6.8のなので、今学期の評価は低いほうだけれど、手抜き度合いを考えたら、思っていたよりずいぶんよかったです。 生徒たちからもコメントも、ポジティブなものばかりでほっとしました。 


コメントを読んでいて最近思うのは、生徒たちが講義とディスカッションのどちらを求めているのか、迷うのです。 先日にも書いたように、すごい授業数をとりながらバイトもして、と忙しい毎日だから講義のほうに安心感を覚えてる一方で、生徒たちは、ディスカッションを通して自分の意見を言ったり考えたりしたいのかなぁ、とも受け取れます。来学期の授業の準備をするのに、どうクラスを構成しようか、迷うところです(いちおう毎学期クラスの内容や構成は改善のために変えてるのです。おなじ授業内容を何年も使い回ししてる先生がうちの院には約一名いますが・・・)。


腹立つこともたくさんあるけれど、「いろんなことを新しい角度から考えさせてくれてありがとう!」なんてコメントもらうと、やっぱうれしいです。えへへ。 来年も、生徒と知的『会話』ができる空間を作れるようにがんばりまっす!